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2010年5月 9日 (日)

②研修生生活のはじまり

昭和46年(1971年)10月横浜のボウリング場に研修生として

入社しました。

住まいは洋光台。(最初は無料)

小学校の前、出来たばかりのマンション。

3DKに三人の共同生活です。

今、どうなっているのでしょうかsign02

電車は、洋光台まで開通したばかりでした。

冬はビルからの風が強く寒かったなぁ。sad

ボウリング場は建設中で

レーンなどはまだ組まれていませんでした。

11月23日のオープンに備え、

ボウリングの知識

トレーニング

接客の講習(電話の取り方、マイクの仕方、用語などなど)

その時は大変でしたが、

今も役に立っています。

レーンがだんだん出来上がっていく様を

見られたのも貴重です。

ボウリング場は2階から4階までの3フロア、114レーン。

私たちの担当は4階。

会員専用のフロアでした。

従業員は100名以上いたと思います。

みんな若く、ボウリングが好きで、

仲良く、楽しく過ごさせてもらいました。

11月23日のオープン。

華々しいセレモニー。

会社所属のプロゴルファーも来場。

玄関前にたくさんの人が並んでいました。

私たちを指導するプロボウラーは

その当時解説で有名だった 伊東清久氏

若手で活躍はじめていた 大塚秀夫氏

もう一人8期生の篠崎芳夫氏

そしてアメリカのプロボウラー スージーさん。

トレーニングコーチは

六本木でスポーツジムを開いている方。

凄い恵まれ方でした。

勤務ももちろんあって、

早番も遅番も2時から6時までが

トレーニングと投球練習。

その前後がフロントや企画・受付(予約専門)に

分かれて仕事します。

トレーニングはミーティングルームで

ストレッチをし、その後吉浜橋のところから

地蔵坂を登り、フェリス女学院⇒外人墓地(そこで少し休憩)

外人墓地の横を元町に下り、中華街の横の川に沿って

石川町駅の横からボウリング場に帰るコースをランニングです。

sports最初の半年は全員で走っていたのですが、

状況が変わって行き、

各自で走るようになってからは

時々サボっていました。

走らず、散歩になってしまったりwink

でも、投げるのは毎日欠かさず投げていました。

(空いていたら投げられた。土日は投げられなかった)

休みの日などは6時間投げたこともあります。

指は血だらけ。

それが勲章のように皆、自慢してたなぁ。hospital

今、振り返ると、ドリルも投球技術もすべてがみんな素人でしたね。

<わかりにくい文ですみません。昔の状況が伝われば・・・>

<今日はこの辺で。また続きを書かせて頂きます。>

2010年5月 8日 (土)

①何故プロボウラーに

プロボウラーに、何故なったのですか?

どういう方法でプロになったのですか?

時々何気なく聞かれます。

話せば、長~い物語ですので、

「プロボウラーへの道」というカテゴリーを作り

少しずつお話したいと思います。

忘れている事や、

勘違いで覚えている事も

あるかと思いますが、

お許し下さい。

高校生のころ

プロボウラーという職業があること、

実は知りませんでした。

教壇に誰がおいたのか、

野村美恵子(2期生)さんが表紙の本がありました。

でも、芸能誌と思い、

大して興味も無く、読みもせず

見ただけでした。

後で、振り返って考えると、

あれは野村さんだったよね。と言う感覚です。

高校生の私は

東京の大学に行きたくて、

しかし、真剣に勉強をする訳でもない

甘い考えの持ち主でした。

それなのに、六大学かそれと同等のレベルの大学を

進学先に希望していました。

そんな高校3年生。

女子大を希望している友人と二人で

その頃はまだ、新幹線も大阪止まり。

受験のため、夜行列車に乗り東京へ向かいました。

初めての夜行列車、

嬉しくて食堂車に行ってみよう。

二人で通路を歩き、1等車(今のグリーン車)を

興味津々で通っていたら、

そこに中山律子さんと井上和子さん(2期生)がいらっしゃいました。

ボウリングは知りませんでしたが、

さすがにテレビで知っていたので

友だちと思い切ってサインをお願いしました。

この話を中山さんにしたら、

「私、感じ悪くなかった?

その頃、結構疲れ果てて移動してたからねぇ」

大丈夫、やさしかったですよ。

そして、大学。

自分の実力以上のところばかりだったので、

見事不合格。

1年浪人しましたが、すべりどめに受けたところに

やっと受かっただけでした。

妙に意地っぱりの私。

幼馴染が自分より良いとこに受かったので

それが癪でたまらず、

何か気が抜けた状態になり、

進学の為、横浜の親戚の家に厄介になりましたが、

やる気が今一つ出ない日々を過ごしていました。

東横線の電車の中だったと思います。

「あなたをプロボウラーにします」

そんな広告がぶら下っていました。

これ、受けてみよう。

ボウリングをした事がなくてもいい。とあったので

プロボウラー研修生を受験したのです。

ジャンボ尾崎を売り出し中の

日東興業という信頼できる会社と

判断した事もあります。

試験は代々木の青少年スポーツセンター

400人近くの人が応募していました。

基礎体力の試験。

次に大宮ニットーボウルでボウリング。

筆記試験。

などがあり、25人が合格。

どうにか、その中に入れました。

大学はやめ。

横浜ニットーボウル(石川町駅に沿ったところにありました)に

研修生として入社することになりました。

2010年5月 7日 (金)

レーンコンディション③

博多スターレーンでリーグ戦(木曜日のトリオリーグ)に

参加しています。

材質はウッド。

レーンのコンディションは目で見てわかりません。

レーンの横を歩いて見ると

少し解りますが、それもおおまかな感じだけです。

それに、レーンの横を通ることはできません。

人が投げているところをみて、観察も必要です。

しかし、投げる人の球質により、

全く参考にならない事も多いです。

ですから、やはり自分で投げてみて、

オイルの状況を確認するしかありません。

どう確認したらいいかと言いますと

①ボールの前進具合。

 (練習ボールの時に、いくつかのコースをチェック

 オイルがあると、遠くまでボールが走り、

 オイルが少ないと早く曲がろうとする)

②回転の方向がかわった地点

③1-3番ピンのポケットにちゃんといったか?

 (外れたら、どのような外れ方をしたか)

外れ方:右に外れたら、立つところを右へ

     左に外れたら、立つところろ左へ

これを基本に考え、どうしても合わなければ、

投げるスパットをかえる必要があります。

(コースをかえないで、まず、ボールを

 かえてみるといい場合があります。)

だめなら、何かをかえる。

オイルがありすぎるところは、誰が投げても曲がりません。

オイルが無さ過ぎるところを走らせようとするのは

難しいです。

「割れるぅpout」と言う方

まずチェンジsign03

2010年5月 5日 (水)

ブログを読んで頂き、感謝。

チャレンジやボウリング教室

はたまた、講習会などで、

色々な土地へ伺っています。

一緒のレーンに入ったり、

話す機会がある時に

「山本プロでしょうsign02

ブログ見ていますよ。楽しみにしているから、

更新お願いしますねsign01

と言われる事が多くなりました。

有りがたいことです。

それと同時にいい加減にできないと

身が引き締まります。

頑張って書きますが、

間違っていたり、

まぁ色々ドジってしまう事があると思います。

絶対あるので、そんな時は笑って下さい。

本日もおいで下さり、ありがとうございます。

これからもボウリングを通じて

一人でも多くの方と出会えますように。

2010年5月 4日 (火)

レーンコンディション②

宮崎のプロアマで、テレビ決勝の時に

レーンコンディションが変化して、難しくなっていた。

という話をしましたが、

宮崎エースレーンの参加選手から、

「予選も難しかった。sign03

と言われました。

通常、アマチュアボウラーの方は投げる日時が

決まっていらっしゃる方が多いですね。

平日の朝に投げる。

昼に投げる。

夜しか投げない。などなど。

ですから、結構似たようなコンディションで

いつも投げるようになります。

<ボウリング場はちゃんと手入れしているから、いつも一緒のコンディションですよ>

だから、投げるコースも同じ感じになります。

ボウリングをしない方には解らないと思いますが、

<私も理解できなかった>

投げる方向を変えるのは、

慣れないと、なかなかできません。

そこで、宮崎プロアマの予選ですが、

Aシフトは 1日目誰も投げていないコンディションで投げます。

2日目は Bシフト75名の人が5ゲームずつ投げた後でなげます。

極端に言うと、最初は左を向いて投げ、

(レーンコンディションが早い⇒曲がらない⇒外のコースを中に向けて

投げなくてはいけない。)

次の日は右向いて投げる必要が出てきます。

(レーンのオイルが先へ伸び、遅くなっている。⇒曲がる⇒中からボールを外へ

出さないといけない。)

と言うように、全く反対を向くようになるからです。

そして、刻々と状況が変わり、次々と対応して行かないといけない。

みんなハイスコアをどんどん出す。

対応が遅れると点数が出ない。となる訳です。

結果・・・投球パターンの引き出しをたくさん持っていないとついていけない。

     経験が少ない人にはとても困難だった。

これから・・・自分の投球パターンを増やす。

       どのスパットでも楽に通過させられるように練習する。

       できたら、違う時間帯でも投げてみる。

引き出しをたくさん、作るしかありません。

頑張ってください。

2010年5月 2日 (日)

ジュニアのボウリング教室

宮崎と下関で小学生を対象とした

ボウリング教室を行なっています。

両方とも可愛くて、私がはまっています。heart02

小学生にはフォームを細かく教えません。

最後にボールを離すタイミングだけ

教えます。

後はその形になるように好きに投げてもらいます。

両手投げもいます。

アメリカではキッズ、

10歳以下には好きに投げさせるのが

原則だそうです。

身体が出来ていないキッズには無理をさせない。

大事な事です。

親御さんは

もっと細かく教えて欲しいようですが、

早く、結果を求めすぎないで欲しいと

思います。

点数をつけることも、

しない方がいいくらいです。

(それでは子供たちが面白くないので、

少し遊ぶ感覚でスコアをつけていますが、

スコアをつけ始めると、

子供たちの投げ方がおかしくなってしまいます)

最近の写真