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2010年5月10日 (月)

③興味津々の横浜生活

横浜での生活、

もちろん親元を離れたというのも

ありますが、

見るもの珍しくて、楽しかったです。

1.中華街の近くだったので、華僑の方が多かった。

  ジュニアを担当(一緒に遊んでいただけ)一緒に話していると、

  急に中国語で話し、からかわれた。

 (年も近かったので。いじめじゃないですよ。

 あの頃はいじめなどなかったと思います。)

2.中華街の小さな子がピアスをしていた。

  これはカルチャーショックでした。

3.芸能人がさりげなく来場し、ボウリングをしていた。

4.伊勢佐木町の松屋デパートに「マクドナルド」がオープン。

  お昼に代表が電車に乗って買いに行っていた。

  元町のポンパドールも定番の買出しでした。

5.故須田開代子プロが練習に来ていた。

6.某女子プロが日東興業との年間1千万円の契約を断った。

  昭和47年の話ですよ。大卒初任給が5万円以下と思います。

  (それで、アメリカからスージーさんが来た)

7.関内に夜中まで空いてるスーパーマーケットがあった。

8.高校生までは6時に家へ帰っていたので、

  夜10時まで仕事というのが信じられなかった。

9.横浜の人が、「東京の言葉は、さぁー、さぁー言っていやよね。」

  と言っていた。(違いが解らん。と言うと、横浜はじゃん。だそうで。

私の仕事の一つにスージーさんのレッスンに同行するのと、

近場の試合にボール持ちで一緒に行く事がありました。

どっちも大好きでした。

(スージーさんが車を買ってから、行くことはなくなりました。残念。despair

レッスンで一緒にレーンを回れ。と言われた時、

「英語もわからないし、ボウリングだって素人同然だから

とても人のレッスンなんて、できません」と

上司に逆らってしまいましたが、

「英語とボウリングが一緒に学べるじゃぁないか。」と。

お客さんの言ってる意味がわからん。

スージーさんへの伝え方もわからん。

スージーさんが言ってる事もわからん。でしたが、

スージーさんとボディラングゥエイジで何とか

通じ、その内スージーさんの日本語がうまくなり、

英語を使わなくなりました。

お客さん「ボールがあっちこっちで、点数にならない。」

さぁ、何て伝えよう。

身振り、手振り。

スージーさん「Bowling bowl  sometimes left   sometaimes right?]

これならわかりました。

私「そうそう」

このフレーズはいまだに忘れません。

スージーさんは手の振り、スィングを真っ直ぐにと

「Go straight」

と言いながら、お客さんの腕をとって振らせました。

振り返ってみると、いろんなことが起こってましたね。

次はプロテストの話。

  

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